序  この本の進化をたどると,我々のうちの1人(MC)が ブラウン大学で固体の光学的性質についての講義をし,もう1人(PYY)が 学生として聴講していた1970年にまでさかのぼることができる. その後,その講義ノートはカリフォルニア大学バークレー校の 物理学科で行われた「半導体物理」の 1 セメスター(学期)分の 講義にまで拡大した. この講義における学生の分布は,たいてい約 50 %が物理学科から, 残りの大部分は工学部の 2 つの学科(電気工学とコンピューター科学, および物質科学と鉱物工学)からであった. 学生たちの持っているバックグラウンドはかなりまちまちだったので, この大学院レベルの講義に必要な予備知識は最小限 (すなわち,学部程度の量子力学,電磁気学および固体物理) に抑えることになった. 物理学科ではすでに 2 セメスターにわたる大学院レベルの講義として 「凝縮物質の物理」が存在したので,理論的側面を簡略化し,現象論に 重点をおいたものにすることになった. 講義に出ていた学生の多くはデバイスの研究のために半導体を作製したり 使用したりしていたので,物理的な原理とデバイスへの応用の関係に 特に重きをおいた. しかしながら固体エレクトロニクス関係の いくつかの講義との重複を避けるため,デバイス設計や動作に関する内容は 最小限にとどめた. この講義は学生たちの要求に応じるため, ほとんど定期的(約 2 年ごと)に開講した. このことからわかるように,この「綱渡り」はかなりの成功を おさめることができた. この講義を開講するにあたっての 1 つの問題は, 適当な教科書がなかったことである. 半導体物理は,凝縮物質物理学の高度な教科書には ある程度記述されているが,その取り扱いはほとんどの場合, 研究を志す学生にとっては十分に詳しいものではなかった. また定番になっている半導体の本は,実験家や技術者にとっては あまりにも理論的に過ぎている場合が多い. そのため,教科書のかわりとして膨大な文献リストが提示されることになった. そのうえ半導体物理は成熟した分野なので,すでに存在する論説の多くは, 膨大な確立された事柄に注意を集中しており, したがって興奮するような新しい進展の多くの部分を含んでいない. 学生たちはすぐに講義ノートを複写することを始めたが, それは「コースリーダー」として物理学科で販売されるに至った. 本書はこの講義ノートの およそ「version 4.0」(ソフトウェアの隠語)に相当する. バークレーにおけるこの講義では, 数学的な厳密さやエレガントさを多少犠牲にしても, 常に単純明快な物理的考察という点に重点がおかれた. 残念ながら学部レベルの物理と数学の学習内容のみを用いるという約束を 守るためには,大学院レベルの特殊な内容,たとえば群論, 第2量子化,グリーン関数,ファインマンダイアグラムなどの取り扱いにおいて ある程度妥協せざるを得なかった. 特に半導体物理の文献で普遍的に用いられている群論の表記法の使用は ほとんど不可避である. 講義で採用された解決法は,必要に応じてこれらのトピックスについて 「5分間即席講義(crash-course)」を行うことであった. このやり方はこの本でも踏襲されている.我々はその欠点について 重々承知しているが,実際の講義においてこれはそれほど重大な問題ではない. というのは教師は学生の必要性の程度に応じて補助的な教材の難易度を 調整することができるからである. 1 冊の本となるとそのような柔軟性には欠けてしまう. したがって読者はそれらの内容にすでに馴染みがあれば これらの crash-course は読み飛ばしてもよいし, 予備知識の程度に応じて詳細についての文献を参照してもよい. この本における内容の選択には別のいくつかの要素も影響している. 光学的性質に相当に重点が置かれているが, これは主に著者らの専門分野を反映したものである. K. H. Seeger のものをはじめとして輸送現象に重点をおいた 数々の優れた本がすでに存在するので, 我々の本はその不足を補うものである事を願っている. この本がマーケットにおいて他の本と区別される 1 つの特徴は, 半導体のマテリアル・サイエンスとしての側面に 重要な役割を与えている点である. 半導体の作製方法や欠陥の性質が付録としてではなく, 巻頭近くで述べられているが,このような導入方法は新しい作製技術が 半導体物理の発展において重要であるという点を意識したものである. バークレーでこの講義を聴いた物理の学生のほとんどは マテリアル・サイエンスの素養がなかったので, 簡単な入門編が必要だということが分かったのである. この講義を聞くのがマテリアル・サイエンスを学ぶ近道であるという 風潮さえ物理の学生の間に広がった! バークレーで行ったこの講義は わずか 1 セメスターであったが,この本を書いているうちに 講義要目(syllabus)は拡大していった. したがって今やこの本を 1 学期で終えようというのはとても無理なことである. しかし,やや特殊に属する話題,高電場下での輸送, ホットエレクトロン効果,動的イオン電荷, ドナー・アクセプター対における遷移,共鳴ラマン,ブリルアン散乱, その他数項目は内容の継続性を損ねることなく省略することができる. バークレーでの講義におけるproblems(宿題)は problems(難問)を生み出した(洒落を許したまえ). 宿題の採点をするための手伝いとして学科は teaching assistant を 割り当ててくれなかった. 大体 30 人ほどの学生が登録されていたので, これは教師のかなりの負担になった. その「解決策」として我々は学生にほとんどの問題について その解答も一緒に与えた. さらに多くの問題では計算の過程を「手をとるように」示した. 他のものについてはヒントやもっと詳細を見つけられる文献をつけた. この方法によれば学生は自分で自分の解答を採点することができる. 本文で言及していない内容のあるものは, 学生が自分で導くように「問題」の形で与えてある. この本を著す過程で,また講義を教える過程で友人や同僚から 多くの温かい援助をいただいた. 特に Elias Burstein,Marvin Cohen,Leo Esaki,Eugene Haller,Conyers Herring ,Charles Kittel,Neville Smith,Jan Tauc,および Klaus von Klitzing の各氏 には ,半導体物理の歴史の中で最も重要な展開のいくつかについての回想を 寄稿していただいた. 彼らの裏話を語るこれらの小論文は,この本をより豊かなものにしている. 将来学生たちが彼らの前例から霊感を受けて, 豊饒で生産的なこの分野の最前線を さらに拡大してくれることを願ってやまない. また,量子ホール効果について 啓蒙的な説明を与えてくれた Dung-Hai Lee 氏に感謝する. 我々はバークレーで講義を聴いた 100 名以上の学生たちの助けを 得るという幸運にも恵まれた. コースの終了後のアンケートに書かれた彼らの率直な(匿名の)意見のおかげで, この本は,より「読者にやさしい」ものとなった. 彼らの示唆は話題の選択にも影響を与えている. 多くのポストドクターや客員の研究員は, 名前をいちいち挙げるには多すぎるが,この本の間違いや 欠点を指摘することによってこの本の質を著しく向上させてくれた. 彼らがこの本へ興味をもってくれたおかげで, 他に多くの時間を割かなければならないことがあったにもかかわらず, 確信を持ってこの仕事を続けることができた. この本の印刷の異例な高品質と色刷り図版は 下記の人々:シュプリンガー出版の H. Lotsch と C. -D. Bachem,バークレーの Pauline Yu と Chia - Hua Yu,シュトゥットガルトの Sabine Birtel と Tobias Ruf の功績である. 最後になるが,我々の家族から少なからず支援を受けたことに感謝する. 彼らの理解と励ましは幾多の困難と挑戦の瞬間において我々を支えてくれた. PYY は John S. Guggenheim 記念財団からの奨学金の形で受けた援助に感謝する. シュトゥットガルトおよびバークレーにて 1995 年 10 月 ピーター Y. ユー        マニュエル カルドナ